繭宿お直し堂
お直し帖
怪異修繕 記録帳
記録者:繭宿ほころ
夜の灯りをたよりに。
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灯りのそばで、気になる頁をひらいてください。
怪異修繕師 / Vライバー 🕯️🪡
夜に灯りのともる小さな店「繭宿お直し堂」で働く、怪異修繕師です。
穏やかで、少しマイペース。古いものや、少し奇妙で可愛いものが好き。素材や手仕事の話になると、つい夢中になってしまいます。小さな工夫に気づいてもらえると、とても嬉しくなります。
幼い頃に覚えた修繕を通して、ものに宿る不思議と出会いました。今は道具や家具、部屋、思い出の品に起きる怪異を調べ、事情をたどり、手を動かしています。
直すのは、壊れたところだけとは限りません。怪異の居場所や役割、新しい器を用意することも。わからないものには、急いで答えを出さずに。
お直しの話も、好きなものの話も、なんでもない日の話も。夜のお直し堂で、訪れる方とお顔がほころぶ時間を過ごしたいと思っています。
お直し堂で調べ、繕ったこと。
私が書き残した記録です。
繭宿お直し堂
怪異修繕 記録帳
記録者:繭宿ほころ
持ち主がお米屋さんからパン屋さんになり、すっかり意気消沈していました。パンはすぐに焦げるので、全力が出せないそうです。もっとお米を炊きたかったとのこと。
火加減を覚えられるよう、空気の通り道に調節板を取りつけました。お昼にはまかないのお米も炊かせてもらえることに。
試し炊きの際は、地獄とは思えないほどよい香りでした。
持ち主が席を立つたび、見えない何かが座っていました。「席を取られると困るから」とのことですが、おひとり暮らしのお宅です。
尻が長く座りつづけて中綿がへたっていたので、詰め直しました。持ち主が帰ってきたら、きちんと席を譲ってくれます。
作業中、代わりに私の作業椅子を貸したところ、返してもらうのに少し時間がかかりました。
夜だけ増える一段は、自分も階段の仲間に入りたかったそうです。ただ、毎晩違うところへ挟まるので、持ち主が何度もつまずいていました。
いちばん下に定位置を決め、ほかの段と同じ色に塗りました。段の高さも揃えたので、もう足を取られることはありません。
手すりもつけてほしいと言われました。仲間入りには、なかなかこだわりがあるようです。
右の靴だけが、夜中に近所のお地蔵さまへ通っていました。以前の持ち主と毎朝歩いた道なので、時々見に行きたくなるそうです。
靴底がずいぶん減っていたため、張り替えました。朝までには必ず戻る約束もしています。
左の靴は留守番が好きとのこと。揃って出かけるよう勧めたところ、そちらから強く断られました。
活けたお花がなくなるのは、底の口が食べていたためでした。お腹が空くと花瓶までかじってしまうので、繕っても繕っても欠けたままだったようです。
これからは、お花屋さんが剪定したお花を分けてくださることに。欠けたところを繕う間、今日は何のお花が出るのか、ずっと気にしていました。
梅雨のあいだに入り込んだ雨が、帰り道をなくしていました。蓋を開けるたびに晴れているので、外へ出るのをためらっていたようです。
蓋の裏に小さな雨樋をつけ、次の雨の日に窓辺へ置くことにしました。
お迎えの雨が降るまでは、お直し堂でお預かりしています。箱のそばだけ、少し紫陽花の匂いがします。
誰も使っていないのに、夜になるとちょきちょき鳴ります。刃のあいだを調べたところ、小さな歯が一本、生えかけていました。
むずがゆくて、何かを噛まずにはいられなかったそうです。犬用の歯固めを渡すと、ようやく静かになりました。
持ち主の指は噛まないよう、よく言っておきました。歯固めは一晩でぼろぼろです。
針山の中に、小さな頭が住みついていました。刺された針を髪飾りや簪だと思って、大切に集めていたようです。
針を抜こうとすると引き止められるため、針山にお仕事の針と飾りの針を分ける線の刺繍を入れました。
頭には、使わなくなったビーズの待ち針を三本。鏡を見せてからは、作業の針を素直に返してくれるようになりました。
お預かりしても、人形の顔はずっと男の子の帰ったほうを向いていました。何を望んでいるのか尋ねると、古い服の裾を握りしめました。
まずは隅々まで綺麗にすることに。髪を梳かすと、美容液も使ってほしいと小さな声でねだられました。どうやら、素敵な服は綺麗な姿で着たかったようです。
後日、男の子が縫ってきたお洋服を着せると、ようやくこちらを向いてくれました。少し曲がった縫い目を、何度も大切そうになぞっていました。
帰りは男の子の腕の中に。次は帽子も作ってもらうそうです。
彼の将来は、世界的なデザイナーかも。
内側を覗くと、細い指が一本、こちらへ手招きするように揺れていました。ほかの指輪もはめてみたいのに、自分の指輪がきつくて指を出せなかったそうです。
歪んだ輪を少しずつ広げると、爪先が出てきました。さっそく隣の指輪へ伸びたので、売り物を勝手にはめないようお話ししました。
持ち主が、傷のある指輪をひとつ譲ってくださることに。磨いて渡すと、何度も指を傾けて眺めていました。
今は店先で、ときどきお客さまの試着を手伝っています。少々、重ねづけを勧めすぎるようですが。
また、お顔がほころぶ時間に。
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夜になると灯りがともる、ほころの小さなお店です。
「もの、場所、その他。お困りのこと、ご相談ください」と外の看板にあるように、お直しするのはものだけではありません。古い道具や思い出の品のお直しから、部屋や建物に起きる不思議の調査まで、さまざまな依頼を受け付けています。
店内には、糸や布、使い込まれた道具、修繕を待つ品々が並びます。なかには、お直しを終えても、そのまま住みついている怪異も。誰も座っていない椅子がきしんだり、棚の奥で何かが動いたりするのは、いつものことです。
依頼のある方も、ひと休みしたい方も。
少し不思議な同居人たちとともに、お待ちしています。
怪異とは、いつもの暮らしに紛れ込む、正体のわからない存在や出来事のことです。
誰もいない廊下を歩く足音。捨てたはずなのに、棚へ戻っている人形。夜ごと、少しずつ近づいてくる椅子。何が起きているのかわからないままでは、やはり怖いものです。
けれど、事情をたどると、足音は戸締まりを見回る誰かのものだったり、人形は置き忘れた靴を探していたり。椅子は、寒い窓辺から暖かな灯りのそばへ移りたかっただけだったりします。
もちろん、すべての怪異に親しくできるわけではありません。近づかず、そっとしておくほうがよいものもあります。
それでも、事情を知ったあとには、夜中の小さな物音が少し違って聞こえることもあるのです。
怪異修繕師は、ものや場所に起きる不思議を調べ、事情をたどり、手仕事でお直しする職人です。
扱うのは、古い道具や家具、部屋、建物、思い出の品など。持ち主の話を聞き、現地を調べ、素材や傷み方を確かめながら、不思議の原因と向き合います。
直すのは、壊れたところだけとは限りません。そこに宿る怪異のために、居場所や役割、新しい器を用意することもあります。すぐにはわからず、品物を預かったり、様子を見ながら少しずつ手を入れたりすることも。
ものをまた使えるように、人と怪異が安心して過ごせるように。その方法を、調査と手仕事で探すのが怪異修繕師の仕事です。